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2001 (41)
2000 (55)
1999 (45)

またもやWEB先行!<JA>

1999.11.17.
注意:この文章は、もうすぐ発送されるCRAZE OFFICIAL FAN CLUB会報shuffle on the beat vol.8に掲載される文章です!

くらえ10000字!




今回のshuffle on the beat vol.8は、怒濤の文字攻めである!メッチャ読み辛いだろうよ!(苦笑)
最近、どっぷりWorldWideWebにハマりまくりな僕は、多大なる刺激を受けて、写真なしでTRYしたくなった!
いつしか、文字大好きッコちゃんに成っていたのだ。
ともかく10000字!
このサイズの紙では、まったく読み辛い文字数だが、わざとである!(大笑)
どっからどこまで、書き切れるか、どっからどこまでを、書けるか分からないけど、
普段、タレント雑誌では、語らないし、聞きもしないような事を書いてみよう!
ではでは、startだ!
まず、泣く事から人生は始まるのだ!
そうだ!この世に誕生した瞬間に、誰もが最初にやらかす事だ!
これは、どんな強いレスラーでも、顔の青いデスラー(寒)でも、どこぞの大統領さんでも、
今、読んでる君も、今、これを書いてるオレも、男の子も、女の子も、みんな同じ事をして生まれて来た!
とても不思議に思うと同時に、人生は、最高傑作だ!と、思ってしまう!
人間のたった2つの共通点、必ず、泣きながら生まれ、必ず、命あるものは死す。
必ず、喜ばれて誕生して、悲しまれながら眠りにつく・・・
当たり前の事だが、この法則には、とても宇宙を感じてしまい、さすがは、神様!と、思ってしまうのだ!
して、この”菊地哲”と言う好少年!(大マジ)は、
昭和44年(1969年)2月22日に、東京は新宿区の信濃町にある、慶応病院と言う所で、初泣きをかましたらしい・・・
サイズはふつうで、だいぶ泣き虫、ワンパク風でこの地にやって来たらしい!
ごっつ寒い、雪の日だったらしい・・・
ギリギリ夜中に生まれたらしく、22日か?23日か?ちょっと医者ともめた!とも言われている・・・(苦笑)
ゾロ目を勝ち取ってくれた両親に感謝だ!(大笑)
一度、人に教えると絶対に覚えてくれるもんね!
当たり前の事だが、僕ら子供達は、生んでくれた両親にごっつ感謝せねばならない!もう言ったかな?
メッチャ照れたけど、生まれて20年後、20歳の時に言ったんだ!
「遅くなったけど、生んでくれてありがとう!」ってね!
さり気なく、渋く、キメたつもり(笑)だが、急に、おふくろが、台所にこもっちゃったのを覚えている。
親父は?と言うと、20歳の時に、病気で死んだ。
だから、その言葉は、結局の所、言えずじまいで、別れたんだ・・・
でも、それまで、半端じゃなく嫌ってた、おふくろを、今じゃ大事に思う気持ちや、突然、さっきのようなセリフを吐いた事も、
今、こんなに迷い無く生きてる事も、親父の死から始まっているのだ!
物静かな親父は、オレに、目に見えない大事な何かを残してこの世を去って行ったんだ。
その尊敬する親父の話は、また後でするとしよう。
まずは、今じゃメッチャかわいいおふくろの話だ!(爆笑)
幼い頃は、ママと呼んでいたんだろうが、物心ついてからは、ろくすっぽ口も聞いていない!なんせ大嫌いだった・・・
まず、口うるさい!そして、見栄っ張り!とどめに、小学校低学年の頃、こき使われた!
よく、メモ用紙を片手に薬局に行かされたんだ!そのメモ用紙には、”コーラック”と、デカデカと書かれていた!
そう、僕の母親は、強力な便秘ママ!
他にも、漢方だの、便秘に効く中国のお茶など、、、たくさんたくさん買って来さされた記憶がる・・・
オレが大事にしていた、阪神タイガースの黄色いプラスチックのバットで、よく叩かれた記憶もある・・・
う〜ん、、、蘇って来た!(怒)
そうそう、陰険な手口の持ち主でもあった!
中1の時、BEDの脇に大事にしまっていたコンドームをずらーっと一列にオレの部屋に並べて、
無反応で待ちかまえる!その後、無言でオレの反応をひたすら伺っているのだ!
そんでもって、オレが文句を言おうものなら、”あんなもん何に使うの?”と、息子のオレに聞きやがる・・・
ハッ?答えていいんか?オッ?SEXする時に使うんじゃ!!!!!大声で答えてやったさ!
この戦いには、あせった父親が、一言!”いい加減にしろ!”と、仲裁に入り親父を心から恐れていたオレは、静かになる!
が、しかし、その後、親父の背後で、今にもアッカンベーをしそうなおふくろの顔は、今でも鮮明に覚えている!
一番ムカついたのは、忘れもしない中1の夏休み、ケンカでパクられたオレを警察署まで、迎えに来たまでは、良かったのだが、、、
何を考えたか、”一泊させてやってくれ!”って、交渉してるではないか・・・
マッポも呆れ顔!一階の受付で、伝説の親子喧嘩をやっちまった・・・
結局、帰れたんだけど、あん時ばかりは、マジで殺してやろうか!と思ったもんね〜。
結局、16歳で、実家を離れ、何とか親子関係を保つのであった!
が、しかし離れてみると、案外いい奴!(笑)
喰いに困ったアパートに、段ボール一箱を送りつけてきて、
お米やら、缶詰やら、封筒にぽつんと一万円札一枚を突っ込んで来たりと、その節は、世話になった・・・
だいたい月に一回、実家に帰るか帰らないかだったが、いつの日か、これが、”おふくろの味”と、若くして感じてしまったのである!
そして、18歳の真ん中から20歳まで、約一年半、丁度、花の都大東京に嫌気がさしていた、オレは、京都に転勤(大爆笑)
そうです!D’ERLANGERをやるために、のんびりとした京都に引っ越すのであった。
TOURでLIVEをしに東京に来た時位かな!?実家に帰ったのは・・・
そして、DEBUITも内定し、また東京に帰る事も決まり、夢いっぱい!野望いっぱい!やる気まんまんのその時、親父が死んじまった・・・
ちょうど、D’ERLANGERのan aphrodisiacと言う、VIDEOを東京で撮影していた時だ!
ウィークリーマンションに泊まっていたら、弟からの電話で、知らされるんだけど、明け方だったな・・・
あと3年です!と、医者から言われてて、わずか3ヶ月・・・ちょっと早すぎないか?
医者も、3年と3ヶ月を、間違えるなよ・・・
ともあれ、死んだものは死んだ・・・
当時、髪の毛を赤く染めてたオレは、大至急、黒く染めて、葬式へ・・・
もう、祭壇も出来上がって、少ない親戚も集まっていたっけ・・・
少々、複雑な事情をかかえてたため、喪主はだれがやる?!だの何だので時間がかかったっけ・・・
”えーい!オレがやる!””何から何までオレがやる!””オレの親父だ!”
たった1人で、棺桶にふたをした。
平成元年五月、享年五十三歳。
振り返れば、オヤジと子供の会話をろくすっぽしていない!無口な親父だった。
静かだが、切れるとハンパじゃなくおっかなかった。
それと同時に普段は、やさしすぎる位やさしくて、ごっつ会話に照れを感じてしまってた。
親父自身、自分の親父を幼少の頃に亡くしたらしく、多分、接し方も分からなかったんだろう・・・
男の子は、親父の背中を見て育つと言われているが、確かに大尊敬している!が、しかしそんなに会話もしてないし・・・
惜しくも、デビューする事、好きな音楽でメシを喰って行く事、の報告が出来なかった。
もうあと一歩早ければ・・・こいつばかりは、どうにもならなかった。どこにも当たれない・・・(苦笑)
それとともに、やはり何処を探しても居ないと言う事実を信じられない気持ちと、
人間は本当に死ぬんだ!と言う気持ちで、ごった返しになった!
親父との思い出は、たくさんあるようで無い。
14歳の時、単車をかっぱらって家の前で、整備をしていたら、その後の夕食の時、”あのバイクどうした?”と言われ、
”ダチのを借りてるんだ”と言うと、その一秒後に熱いみそ汁をアタマからお見舞いされた!バレバレやん・・・(苦笑)
”人のモノを盗むな!”と言われ、”今度やったらカタワにすんぞーーー”と、言われた・・・
親父の伝家の宝刀!で18番!”カタワにするぞ!”だ!
このシビレル言葉の影響力は、とてつもなくデカく、オレは、いまだに喧嘩になると、
”カタワにすんぞー”と言う、フレーズが出てきてしまう・・・(大笑)
そうそう、かわいい弟の話も、しなくては・・・
実は、本当は弟は、二人だ。1つ下にも一人居たのだが、オレが1歳の時に、脱水症と言う持って生まれた病気で亡くなってしまった。
今じゃ、親父と二人、天国で仲良くやってるだろう!
もう一人の弟は、オレの7歳下なんだ!
今となっては、LIVEに来たり、女の話や、車の話もするが、まあ、弟と言うより子供だ!(大笑)
親父が逝っちまった時だって、何だかきょとんとしてた・・・
おふくろは、ぶっ倒れた・・・何か、しっかりせな!って、身にしみた瞬間だったな・・・
とってもとっても強い”菊地哲”の誕生だ!強すぎも良くないのだが・・・(反省)
弟は今・・・と言うと、好き勝手に生きる兄貴を見て育った弟だ!
まっとうに毎日、満員電車に乗って会社に行くなんざ、無理な話だ!(弟談)
やば・・・何も言えないのだ・・・(冷汗)
後で、ゆっくりオレの幼少からのやらかしようを話すが、
気付けば弟も手に職の道を歩んでしまった・・・オレは音楽!弟はゴルフ!
どっちもどっちで、芽が出ない・・・(大爆笑)さぞかし、おふくろは、ガックリだろうよ・・・
そしてそして、親子の会話は、強力である!
”兄貴!G○AY位、売れたらBENTZ買ってくれるんだろ!”
”最近すごいじゃない!ラ○クイン何とかって・・・”弟とおふくろの攻撃だ!
はっきり言って、親子の血が繋がってなかったら、息の根を止めてやるところだ!(大笑)
弟のすんごい名言も書いておこう!
あまりにも、VOCALチェンジを繰り返すため、
”兄貴、オレ、G○AYだったら、カラオケで負けた事ないぜ!どうよ?”と、来たもんだ!
さすがに、情けなくなった・・・(苦笑)お前らいつか覚えてろ!
ガンバッテフンバッテル要因の1つに、裏では、こんな爆弾会話な親子セクハラがあるのだ!
何だかんだで、二人ともかわいいもんだが!?・・・
ではでは、そこに至るまでの幼少時代を振り返ろうかな!
幼少の頃は、母方のおばあちゃん子だった。
必ず、長い休みには、泊まりに行って、東映まんがまつりに連れて行ってもらうのが、日課だった!
ロボコンの超合金も、いっぱい買ってくれたさ!
ところが、すごく元気だったおばあちゃんも、くも膜下出血と言う、アタマの血管が破裂すると言うPUNKな病気をしてから、
めっきりおばあちゃんぽく、かわいくなった!
素人では、オフロに入れられないため、介護センターにおフロだけは通っている。
このセンターのお祭りで、この前、和太鼓を叩いた!(笑)
呆けた老人や体が不自由な車椅子の人!みんなノリノリだったよ!
何とか、がんばってほしいのだ!
ここでも、人間ドラマは、果てしなく・・・いっつも、寂しそうにしてる人や、、、、
まあ、人それぞれいろいろ事情はあるのだろうが・・・なぜか、帰りの車は、寂しいものだった・・・
話は、戻って、長男だったため、人並みには、かわいがられてたらしい・・・
”哲”と言う名前から、察するに、ベタではあるが、”哲学”を学んでほしかったのだろう・・・
残念やったね〜(大笑)>親。正反対に進んでしもた!
見栄っ張りな母親は、何を考えたか、幼稚園から大学まで普通にしてれば(苦笑)ストレートに上がれる、
いわゆる私立の学校に、オレを放り込んだ・・・親的には、苦労しないように!とか、固い線を選んだんだろうが・・・
ところがどっこい、オレにとっての最大の苦痛のはじまりだった!
まず、近所に友達が住んでない・・・みんな関東近郊のあらゆる所から通学して来やがる・・・
それじゃなくても、友達作りが下手なのに・・・
ガクラン君が、うようよ溜まる、駄菓子やさんに、一歩ブレザーにネクタイの奴が入れば、
10対1のケンカが始まってしまうという、子供達の掟を、親は何も知らないのだ・・・(大笑)
おっとり育つ?はっ?とんでもございません!小さい頃から、もみにもまれて、この通りでございます!親の誤算です。
環境は?と言えば、渋谷から徒歩で通学!
渋谷と言えば、有りとあらゆる学生がうようよはびこって、そりゃもう大騒ぎさ!毎日、戦争です!
この学校は、実際タチが悪く、同じ中学生が街の公園でアンパンおっぱじめる頃には、
法律で栽培を禁止されてるモノを六本木あたりで、平然と吹かしてしまう!ような連中ばかりです・・・
いや、ばかりだったそうです・・・(汗)
いや・・・・・我が青春の学生時代!停学9回(内、無期停3回)、どうにか、高校までは、上がったか!?
と見せかけて、入学式当日に外から入学して来た外部生とまるで、猿山争いみたいなケンカをしてしまい、
とどめの10回目で、無期=自主退学の称号です!
何ともあっけない・・・いまだに、口をポカアーンと開けた親の顔を忘れません。さぞかし悔しかった事でしょう・・・
ついでに、思い出しましたが、小学生の頃も、新聞に載ったんでした・・・(大汗)ちょっと、さすがに、書けませんけど・・・
小学生の時は、停学制度無かったんで!NO COUNTです!
おかげさまで、精神科に通わされました!カウンセラー付き!これも親の誤算です。
やれ、箱庭造らせられたり、絵を描かされたり、グラフにされたっすよ・・・
何のグラフやねん?オレは正常や!ちゅーねん!逆におかしくなる・・・
オレは、過去の不始末や出来事を、だいたいは、笑いとばせるタイプなんだけど、あれだけは、ゾッとするね・・・
あの待合室・・・(苦)暗い爆弾犯みたいな奴らばっか・・・逆に怖かったっちゅーねん!
まさにMAD HOUSEだったね・・・ありゃ・・・
話は戻って、中学生の頃、何百人も居る生徒のうち、3人位かな?!友達と呼べる存在!(苦笑)
先輩と後輩からは、人気あったんだけどね・・・同学年は引いちゃって・・・(大笑)
その3人は、いまだに、たまに遊んでるよ!
一人は、オレと同じく、高校でdrop out!いざ、右翼へ・・・(泣笑)
大先生のかばん持ちを経て、今じゃ一人前の社長業に君臨しています!
そいつ、たまにLIVEに来てくれるんだけど、LIVE後のコメントが・・・これまたぶっ飛んでまして・・・
”お前はすごい!みんなを感動させてるじゃないか!泣いてる子が居たぞ!”ってね・・・そこまでは、いいお話です!だが、その後に、
”オレなんか、新橋の街頭で、バスの上から演説しても、誰も聞いちゃいない・・・
まあ、この前、北方領土の件で、北海道に行った時は、感動させたけどな!”
・・・・・・・・・絶句っす!どうリアクションしたらいいの?
ついでに、その日、日比谷野外音楽堂でLIVEがあったので、その周辺の事情に話しが進んで・・・
メッチャ詳しかった!さすがに!大使館だの、皇居だの、〜省だの、妙に懐かしんで、帰って行きました。
ちなみに、奴のケリは、たまんないっす!BLOWしますよ!(苦笑)
もう一人は、ちゃんと大学まで出て、I○Mに無事就職!と、見せかけて数ヶ月で”つまんねえー”って言って、やめちゃった奴!(大笑)
こいつが、またねちっこいケンカするんだ・・・タチ悪いって言うか、ハンパじゃなくツワモノなんです。おまけにアタマも斬れる!
最近連絡取ってないけど、何らかおっぱじめてるはずです!
もう一人は、アメ横で、スノボー屋やってます!(笑)
元祖・自由人!で、すんげ〜心広い奴!よく相談事したっけ・・・<遠い目>
LIVEには、たまーに現れます!
根がスターリン命なんで、PUNKなグッチャグチャな曲は、今でも大好きなんだって!だから、BABY PUNKSとか、大喜びしますよ!
そいつは、”あの哲が・・・今じゃ・・・お前もよかったな〜”って、涙目で言ってくれるんですよ・・・
すっごく嬉しいんだけど、一体、オレってどんな奴だったんかな?って・・・
まあ、その昔は、確かに笑えないかも知れません・・・(苦笑)
ところで、何でこんなにベラベラ書いているんでしょうか?!懺悔でしょうか?!それとも・・・・・
そうそう、よく、進路について、相談されます!
MUSICIANに成りたい!PROを目指してます!とか・・・
でも、親が反対してます・・・どうしたら納得させられるでしょうか?哲さんは、どうでしたか?とか・・・
今の今まで偉そうにアドバイスしてましたけど、オレはこんな学生さんだったから、
親も何かに向かってくれるなら・・・って、大した反対も無かったんですよ!
でも、実際これで喰うまでには、いろんな口論がありましたよ・・・
さっきも書いたけど、超口うるさいヒステリーな親だったんで・・・”アンタには、無理だ!”とか、かなり邪魔されましたね〜(笑)
今考えると、その邪魔もいいケツ叩きに成ってたのかな?
自分自身、夢のまた夢だったしね!割と、素に戻ると、今でも信じられないかもしれない。
そんでもって、あんまし、音楽を仕事だと思った事無いしね!BAND=仲間と遊んでるって感じ!
必ず言う事があるんだけど、”PROに成りたい〜”とか、言われると、”成ってからが大変だ!”ってね!
そうですとも!ずっとシーンに存在する事が、どんだけ大変か?!
流れ早いっすよ〜!はやりすたり激しいっすよ〜!ボケッとしてたら簡単に忘れられちゃうよ〜!
ヘンテコリンなビジネスは、日常茶飯事だし、政治政治だし!おーっと、止まりません!(苦笑)
反対する御両親は、そんな事も心配してるんでしょうね!きっと!
やれ、薬物所持だの、大麻所持だのも、ニュースでデカデカと取り上げられるし、イメージ良く無さそうだし・・・
誰もいじめようとしたり、夢をぶっ潰そうとして言ってるわけじゃないはずです!
やっぱり子供可愛さに、将来の事を心配して言ってくれてるんでしょう!
そして、それを打破するには・・・”情熱”です!それしか無いっすよ!
だって、口でいくら説明したって、何を言ったって、将来の約束なんて、PROへの約束なんて、無いんですから!
実際に叶えてから、”ほらねっ”って言うか!?、LIVE見に来てもらったり、TAPE聞かせたりして、”情熱”を伝えるしか無いもんね!
それと、仕送りなんてしてもらってたら、いざっって時に反論出来ないから、ダメだよ!(大笑)
オレは、と言うと、16歳の時に早くも家を出た。理由は、音楽やる〜とかじゃ無くて、親子関係の調和のため!(大笑)
だけどね!もちろんバイトしてました!
もちろんその昔は、女の人(水商売のお姉さん)に、やっかいになってた事もありました!
バイトは、ヘビメタだらけの、ラブホテルの掃除とか、今は無き原宿のテント村とか、
アメ横のTシャツ売りとか・・・あんま続かないんだけどね・・・(大汗)
ラブホテルの掃除はね、今でこそ街には、長髪の兄ちゃんや髪の毛に色入れてる兄ちゃんが、
ゴロゴロ居るけど、当時は、白い目で見られたもんさ!(今でもそうか?!)
って言うか、雇ってくんなかったんだよね〜だから、みんな、掃除かマネキンを運ぶバイトしてた!
実際、XのTAIJIとか、そこで知り合ったし・・・(大笑)
原宿のテント村は、日雇いでテキ屋が、やってるから気楽だった!
機嫌いいと、朝っぱらから、寿司持って来て、”喰え!”って、機嫌悪い時は、大変だったけど・・・(苦汗)
アメ横は、今をトキメク、YELLOW MONKEYのヒーセとか居たよ!あのまんま気さくなROCK兄ちゃんだった!すごい苦労人だ!
あそこまで登り詰めて、心からおめでとう!を言いたい。
で、バイトの話はおしまい!(笑)
そうだそうだ!一瞬だけど、ドラムの学校とやらに、行った事もあった!
まだ人生の道なんざ、何も決めても無くて、人生すら分からなくて、暇つぶしと、何か行っておくか〜位な気持ちで行ったんだ!
案の定、長続きはせず・・・授業中に言ってる事もやってる事も専門用語もさっぱり分からずに、すぐに辞めた!(苦笑)
この時期に楽しかった事と言えば、その専門学校に来てるオネーチャン!
これがまた地方から来てる人が多くて、みんな独り暮らしときた!授業サボってバックれる!これ日課だったね!
結局、バイトも続かずオネーチャンを繰り返して、16歳の終わり頃!やっと人生の道とやらに出逢うんだ!
44MAGNUMが大好きだったオレは、某雑誌で、ローディー(STUFF)募集の記事を発見!恐る恐るTELをしてみた!
”あのー雑誌を見たんですけど・・・ドラムのJOEさんのローディーがしたいんですけど・・・”
とても運がよかったのか、一番目のTELだったらしく、そく採用!目の前で、あこがれの人がドラムを叩いている!
授業料を払う所か、SETTINGして片づけして、それも勉強になるのに、わずかだが(大笑)ギャラもあった!
あの人のPLAYをはじめて見た時の衝撃!”人じゃない!”と、思ったね〜オレには、無理だ!って思った!
でも、後ろから、一生懸命見て学んだ!
そして、衝撃が爆発する日がやって来た!
長い長いリハーサル期間を終えて、いよいよオレがローディーに成って、初めてのLIVEだ!
たぶん、メンバーよりもお客さんよりも誰よりも緊張してたんじゃないかな?!(笑)ドラムセットの後ろで・・・
今までは、客席で首振ってたのに・・・
LIVEが始まったその瞬間!”オレもこう成りて〜いや!こう成るんだ!”
リハーサルも、強烈だが、LIVEだと、もっと強烈で・・・まさしく水を得た魚!
やっぱ、LIVEだ!って、今も思えるのは、間違いなく、この瞬間の影響大ですね!
それからと言うもの、日々、ドラムの後ろで大研究です!よっぽど分からない事は、質問!(笑)でも、教えてくれないんです・・・
”せっかく後ろで見てるんだから、見て分かれ!”そう言われてました!
そう、師匠は、鬼になって簡単な道を歩かせないでくれたんです!
そりゃそりゃますます必死!TOURにも同行しました!
やったー!毎日、大研究出来る!しかも、そのTOURは、ドラムソロ付きです!<ニヤリ>
あれ見ちゃってるから、いまだにドラムソロには・・・(油汗)ドラムソロとは、たった一人で究極を演じなければなりませんからね!
叫んでも、なぜても、ダメっす!>最近の若いの!
BODYの武道館で自分がドラムをいじりだして10周年だったんで、披露しましたが・・・まだまだ青かったっす・・・
何とも、このTOURで、17歳の瀧川一郎に逢いました!(大笑)大阪厚生年金会館の楽屋通路で!
同じように、師匠を思う眼!上から下までJIMMY風!いっぱつで、同志だ!と、思いました。
そうやって、運命を感じる!と言うよりは、どんどん行動して、出逢っていったんです!
様々な悪事も繰り返して、あんまり説得力も無くなって来ましたが、
話をまとめると、MUSICIANを目指す、少年少女よ!がんばれ!って事です!(泣笑)
いや、”がんばれ”って、言葉は好きじゃないんだ!”がんばろう!”って言葉の方が好きだ!
オレの果てしなくぶっ飛んだ10代の話は、このへんでおしまい!
そうだそうだ!10代の頃にやっていたアマチュアバンドの紹介をしておきましょう!
まずは、SAVER TIGERですね!hideとkyoちゃんとTOKIとREM当時のメンバーです。
BASSの時彦は、バイクの事故で亡くなりました・・・IRON MAIDENのSTEAVE HARRISを師と仰ぎ、指弾きの帝王でした。
もう一人のGUITARのREMは、今、横須賀で歯医者さんをやっているそうです。
kyoちゃんは、SAVER TIGERもD’ERLANGERも一緒でした。今は、SOLOで打倒nine inch nailsと!燃えていますね!
続いて、MEPHISTO PHELESと言うBANDに入りますが、どうも政治の匂いがプンプンしたので、すぐに辞めちゃいました!(爆笑)
そして、D’ERLANGERです。
最初入った時は、ふーやん(現VINYL)がVOCALでしたが、途中でkyoちゃんが唄う事になりました。
そして、BASSのSEELAこと中尾さんは、どうしているんでしょう!?謎です。でもあの人は世界一謎が似合う人ですから!(爆笑)
そして、一郎は、今でも一緒です。
この最終LINE UPで、いよいよメジャーデビューってやつをしました!オレ20歳!
う〜〜〜ん、以外と無謀かと思ってた10000字・・・書き出してみると、けっこうすぐですね!
結局、幼少時代や、ヤンチャ暴露で、済んでしまいそうな・・・(苦笑)また、気が向いたら、続きでもやりたいものです。
誕生から成人までを、駆け足で書いてきましたが、
実に、オレの人生、オレの足跡は、この薄っぺらい紙一枚に収まるもんでは、有りません!(笑)
最後に、我が国、日本の音楽文化についての思いを書きます。
好きか嫌いか?そりゃ好きだ!でも、今の日本の音楽はみじんも感じない!音楽業界には、全くハートを感じない!
”JAPAN BIG MONEY”とあざけ笑われても、返す言葉がないっすよ!
悔しくも、邦楽は、さっぱり聴かなくなったね・・・同志のCDや、オレの中の大統領!長渕剛さんは、別格として・・・
hit chartなどもっての他!カラオケなんざ、糞くらえ!である。なぜか!?そりゃ、少々のひがみ根性もあるだろう!(苦笑)
順位を付けられる以上、上がいい!に決まってるし、多くの人に唄われて嫌な気はしないし、
でもでも、あまりに右へ習えすぎるぜ!はき違えたTRENDだ!
似たもんばかりで、CMでの洗脳しかり、あんなもん音楽の押し売りだ!訪問販売だ!(大笑)
昨日今日のひよっこどもが、ぬけしゃーしゃーと、唄いやがる日本の音楽バラエティー番組にゃ、
ほとほと呆れるね!あれじゃ、長い事ないね・・・(苦笑)うちのLIVE見てみ!すっげーから!>TVPRODUCER!
昔は、Mr.childrenとか氷室京介とか、女の子とデートの時とかに、聴いてたんだけどな〜〜〜(大笑)
今じゃ、ムードもへったくれもありゃしない・・・kornやlimpにmansonとどめに、n.i.n.だって〜
それも、爆音で首振って運転してやがる・・・(爆笑)まあ、趣味の片寄りもあるけどね・・・(大汗)
しかし、我ながら、たまには、和物にお金を使わせろよ!って思うね!
音楽CDにしたって映画にしたって、ほとんどアメリカ産やんけ〜!
映画なんざ、あからさまっしょー!制作費1/100にも満たない!おまけにクッサーな演技!(釣りばか日誌は、大好きさ!)
ありゃりゃりゃ、ボロボロのケチョンケチョンやけど・・・オレ、日本嫌いなんかな?!
いやいや、誇りは充分持ってるし、考えようによっちゃ楽かも知れん!まだまだ何も始まってない国だもの!
そうそう、ダチが真っ向、米国にケンカ売りに行ったっけ・・・たった一人で一枚のCDぶら下げて、殴り込んで行った!
でも、首くくって死んじまった・・・
奴は、何を見て何を感じたんだろう?
まあ、オレにとっても日本にとっても、今世紀、最初で最後の”侍”に違いない!
男なら、一生に一度は、”真の賭け”をすべきだ!そう教えてくれたんだ!そうそう甘くない・・・とも、教えてくれた。
昔、何かの雑誌で、”音楽に命を賭けてる”って、言った記憶があるんだが・・・まったくもって、青かった・・・
オレなんざ、まだ何も始めちゃいないんだ!まだまだだ・・・
30年間、人生を走ったり歩いたりして来たけど、
何十歳になっても、”これからだ!”って、思える自分で居たいもんだ!
自分で自分は、見れないけど、自分は自分しか分からないし、一番の理解者であり一番のライバルだ!自分にはどうしても嘘がつけない!
胸の中で思って描いた以上、やらなければ”悔い”と言う、ごっつ厄介なものがそびえ立つ・・・
それが、嫌だから、今まで”DRUMS”と言う芸も磨いてきたし、”BAND”と言う温かいものにも、励んできた!これからも同じだろう。
みんな必ず厄介なもの!抱えてるはずだ!追っ払うんだ!取り入れたのも自分!取り払うのも自分!すべては、自分の想い一つだ!
その先には、必ず仲間が待ってるさ!
さてさて、長々と書き連ねて来たが、そろそろ終わりです。
最後の最後に僕のSITEを紹介しておこう!ココは、僕の宝物であり遺書でもあるんだ!
みんな真っ直ぐで熱い連中ばかりが集まって!いっつも助けられてる!絶対ココに来ると、元気が出るよ!(笑)
http://www.live.co.jp/~gzupp/ 
ではでは、今世紀最後の変わった事したい病!<活字編>くらえ10000字でした!
最後まで読んでくれてありがとう!
LIVEで逢えるのを楽しみにしています!

追伸:遺書という言葉が出たので、ついでに言っておくが、僕が死んだら、絶対に棺桶にDRUM STICKを入れる人が居るだろう!
あまりにも、ベタすぎなのでやめていただきたい!(笑)
ちゃんとひもで繋がった100円均一のサイバシ当たりで呆けてもらおう!(大笑)

I’m not fucked up life. see ya soon !